一級建築士としてリノベーション設計に20年以上携わりつつ、戦後に建てられた1950〜70年代のビルの魅力を伝えるユニット「BMC(ビルマニアカフェ)」を主宰する岩田雅希さん。2008年に、『ビルマニアカフェ2008』を開催したことを皮切りにビルマニアの5人で活動を開始。ミニコミ誌『月刊ビル』を15年間で10号発行したり、味園ビルでのイベントなど、多彩な企画で戦後のビルの魅力を発信されています。そんなBMCの活動は、建築関係者から若いカルチャーファンまで幅広い層に支持されています。設計士としての豊富な経験と、ビルへの深い愛情を礎に、見過ごされがちな街の魅力を丁寧に掘り起こす岩田さん。その思いや取り組みについて、お話を伺いました。

つなぐー編集部のビルヲタ担当、ぐるぐるです!
私自身もビルが好きで、ずっと前からBMCさんの活動を拝見しており、勝手ながら“雲の上の存在”のように感じていました。
そんな中で、今回そのメンバーである岩田さんにお話を伺えることになり、嬉しさと同時に、かなり緊張もしていました。
でも、お話を進めるうちに、「ビルが好き」という根っこの部分は私と全く同じなんだ!と嬉しくなりました。
そして、その想いを行動に移し、たくさんの人を巻き込みながら続けてこられた姿に、ただただ圧倒され、改めてすごい方だと心から感じました。
「ビルが好き」という気持ちひとつで、こんなにも自由で、人を動かす力があるんだ。そんな気づきをもらえるインタビューになったと思います。
ぜひ、岩田さんのビル愛に触れてみてください。





上段は商業出版された書籍、「喫茶店」や「階段」とテーマごとにビルが紹介されています。本屋さんで見たことある方も多いと思います。
下段はミニコミ誌の「月刊ビル」毎回一つのビルにスポットを当てて紹介されています。ぐるぐるは月刊ビルのが最初の出会いです。
ビルや建物との接点が増えてきたのは設計士になってから


ビルや建物との接点が増えたのは、設計士として働くようになってからです。
これまでに設計事務所を3社経験したのですが、最初の2社は主に新築の案件を手がける会社でした。古くて趣のある長屋を解体して、小さなマンションを建てるといった仕事が多く、そのたびに「せっかくの良い建物を壊してまで、これを建てるのか…」と違和感を覚えていました。
そんなとき、アートアンドクラフト※という会社の存在をメディアで知りました。空き物件を購入し、自分たちの手で思いのままにリノベーションして再販する手法に興味を持ったんです。それから3〜4年ほど経ったあるとき、転職のタイミングで思い切ってコンタクトを取り、入社させていただきました。
※アートアンドクラフトとは…リノベーションを中心に建物を魅力的に魅せる企業。その他にもホテルや不動産事業などを、大阪・神戸・沖縄で手がけています。
実際にビルの面白さに気づき始めたのは、その会社で働くようになってから。市内を自転車で走り回ることが多かったのですが、ふと見渡すと、似たような雰囲気の“いい感じのビル”があちこちにあることに気づきました。
建築に関わる前は、自分も多くの人と同じように、じっくり見る対象だとは思っていなかったんです。でも、大人になってから改めて自転車のスピードで街を見てみると、初めてその魅力が目に飛び込んでくるようになりました。
BMC誕生のきっかけ
ある時期、戦前に建てられた「近代建築」と呼ばれるビルが次々と取り壊されていく状況がありました。
社内でもその動きが話題になり、「もう二度と建てられないような建物を、なぜこんなにあっさりと壊してしまうのか」と疑問の声が上がっていました。
そんな中、私が関係者に向けて「この状況をどう思いますか?」というアンケートをメールで送ってみたんです。すると、そのメールが転送で広まり、思いをたくさん綴って返してくれる人もいて、大きな反響がありました。
それをきっかけに、今のBMCの前身となるグループを立ち上げ、活動を始めました。
当時はイベントも開催していて、今では「イケフェス大阪※」を主催している高岡伸一さんとも一緒に活動するようになりました。ふたりとも、近代建築よりも1950〜70年代のビルに惹かれていたのですが、その方向に活動をシフトしようとしたところ、周囲の反応は冷ややかで——「近代建築は好きだけど、そっちはちょっとわからないなあ。ただの四角いビルでしょ」と言われてしまったんです。
※イケフェス大阪とは…毎年秋の週末に、大阪の魅力ある建築を一斉に無料で公開する日本最大級の建築イベント。天満橋・谷四エリアでも毎年様々なビルが参加しています。
「どうしようか」と高岡さんと悩んでいたところ、当時勤めていたアートアンドクラフト社内の喫茶店スタッフ、チームメンバー、営業スタッフの3人が共感してくれて、私たち2人を含めた5人で活動をスタートさせました。
「5人もいるなら、きっと他にも好きな人がいるはず」と思い、撮りためていたビルの写真を披露するイベントを企画。そこにつけた名前が「ビルマニアカフェ」です。名前は、「ビルマニア」という言葉だけだと怪しまれそうだったので、「カフェ」をつけたらちょっと柔らかくなるかな、という軽い発想からでした。


イベントの会場には、外観はごく普通ながら美しい階段をもつ「西谷ビル」を選びました。当日は写真展示だけでなく、トークイベントやライブも開催。
トークには、ゴンチチのチチ松村さん、アートアンドクラフトの中谷ノボル前社長、grafの服部滋樹さんと、私たちBMCのメンバーが参加し、それぞれの視点でビルの魅力を語りました。
ライブには、60年代テイストの音楽を奏でるバンド「ARGYLE」さんに出演していただき、空間の雰囲気にぴったりの音楽で会場を彩っていただきました。
さらに、当日は「カフェ」も実際に開き、当時の家具を扱うアンティークショップにも出店してもらいました。会場全体が、私たちの好きなビルの時代を体感できるような空間になったと思います。



BMCさんの書籍を以前から拝見し、イケフェス大阪にも毎年参加しているのですが、ビル好きの人口は確実に増えていると感じています。
特にイケフェス大阪ではおしゃれな女性の参加者が多いですよね。どうやってそんな女性たちの心を掴んだのですか?
イベントには、一人で参加される女性も多くて、「これまで誰にも言えなかったんです」とか「こういうものが好きだと言っても、理解してくれる友達がいなかったんです」といった声をよくいただきます。
私たちはBMCの前にもっと古い建物を使ったイベントを経験していて、「使われていない建物を活用して、みんなで集まれば何かすぐにできる」ということを知っていました。こういう年代のビルが好きなら、自分たちでイベントをやればいいというのを、あらかじめ経験していたことが大きかったと思います。
さらに、その前にはアートアンドクラフトの中谷ノボル前社長が「水辺のまち再生プロジェクト」を行っていて、2000年代前半、大阪の水辺は魅力的なのにほとんど知られていませんでした。荒れてホームレスの方が多く集まっていた場所があったのですが、そのプロジェクトを通じて人を集めたりイベントを開いたりする活動を間近で見ていたことも大きな影響になっています。


また、大人が数人集まれば、何かをやるのはすぐにできます。多くの人は「できるけどやらない」「やろうと思わない」というだけで、いざやってみると意外に簡単で面白いんですよね。それが夏休みのようなワクワク感につながっていて、そういう雰囲気が女性の方にも伝わっているのかもしれません。
ビルを通して人を見る


気に入ったビルがあると、まるでその建物に話しかけるみたいな気持ちで訪ねに行くんです。「私は建築の仕事をしていて、このビルがすごく素敵だと思うので、ぜひ見せていただけませんか?」って声をかけます。
もちろん「結構です」って断られることもありますけど、思いがけない方が出てきて、建てられた当時の貴重なお話を聞かせてもらえることもあります。若い頃にそこで働いてた人が、今ではお偉いさんになってたりして、ちょうど引退されるタイミングだったりすることもあって。こういう話が聞けるのは、今がギリギリなんじゃないかなと思います。
私たちはビルそのものを撮ったりするのも好きなんですけど、なぜか自然とビルにも、ビルの中の人にも話しかけちゃうんですよね。「このビル、見せてください」ってお願いすると、オーナーさんや設計した方、ずっと管理してきた人、それに実際に使っていた人なんか、いろんな方に出会うことがあって。
話を聞くと、その時代の雰囲気が伝わってきて、学校で習った歴史がつながって見える感じがするんです。大阪の街の成り立ちが見えてきたり、もっと広く言うと日本や世界の歴史まで感じられるような気がして。そういうのもビルの面白さだなって思います。


例えばこの地域だったら、昔は城下町だったとか、そういう歴史が見えたり。ちなみにこのあたりは繊維業の会社が多くて、低い階が事務所、上の階を自宅にして自社ビルを持っている方も結構いらっしゃいます。
もっと身近なところで言うと、高度経済成長期の話も聞けます。あるビルは、昔は薬の会社の自社ビルで、その頃は団塊の世代の若い社員がたくさん働いていたそうです。当時は当直も若い社員が順番に担当していて、部活やクリスマス会なんかの社内イベントもよくやってたって話を聞くと、みんな若い頃すごく楽しそうで。そういう時代の空気がそのまま伝わってくるんです。
活動開始当初から今までの変化
私たち自身は、活動当初から何も変わっていません。年齢を重ねてきたことで体力的な余裕が少しずつ減り、活動の頻度はゆるやかになりましたが、集まって話す内容や取り組んでいることは、今もまったく変わっていないんです。
私個人としては、最近は80年代初め頃の、少しテロッとした質感のビルも可愛らしく見えるようになってきました。
音楽やファッションのように、30年前のものが魅力的に感じられる“リバイバル”ってありますよね。80年代のビルも、時間の経過とともに少しずつ古びてきて、そこに味わいや懐かしさのようなものを感じるようになりました。


BMCのメンバーの中には、1960〜70年代の音楽が好きな人もいて、当時のビルを見ると、その年代の曲が自然と頭の中に流れてくるそうです。
時代の空気感というか、音楽と建物の間に、どこか通じるものがあるのかもしれません。私自身も、古いデザインの布でワンピースを作ってもらったり、そんなことを時々楽しんでいました。
活動を始めた頃と比べると、1950〜70年代のビルを好きだと言ってくれる方が、年齢を問わず確実に増えたように感じます。同じような年代のビルを扱った書籍も増えてきましたし、少しずつ関心が広がっているのかなと思います。
ただ一方で、ビルの所有者側が活用に前向きになれずに、解体されてしまった建物もこの10年ほどでたくさんあります。例えば、エアコンなどの設備を一新しようとすると高額になるため、「それならいっそ建て替えてしまおう」という選択になってしまったり。修理に必要な部品が手に入らない、断熱性や防寒性が現代の基準に合わない——そういった理由で、まだ魅力あるビルが次々と姿を消してしまっているのが現状です。
今後のビジョン


よく「これからの展望は?」と聞かれるのですが、私たちはこれからも、出会ったビルに何か可能性を感じたときには、イベントを開催したり、本を作ったりしていきたいと思っています。
また、世界中のビル好きの方々と交流してみたいという思いもあります。世界中にある同じ年代のビルは、国が違ってもどこか共通した雰囲気を持っていて、きっと世界中にマニアがいるはずだと感じています。



今回岩田さんをご紹介頂いた、「天満橋おさんぽの友」の西山さんも交えて終始和やかな雰囲気でインタビューさせていただきました。(但し私の心はバクバク)
BMC流、1950〜70年代のビルの見方


ビルってどうやって見たらいいの?そんな方のために月刊ビルの第1号にビルの見方が書いてあるので引用します。
窓 街のビルは水平連続窓が基本形
壁 街のビルの魅せどころ
庇 ただの雨除けと侮るなかれ
印 サインやロゴは最後の一手



ちなみに私はそこに「夜の姿」も追加で見ます
岩田さん注目の天満橋・谷町4丁目のビル


大阪府議会会館
大阪府庁舎の西側に位置する。府議会議員の福利厚生施設として利用されていたが、老朽化を理由に使用を停止。2025年現在は会議室の利用が時々あるようだが、今後の利用方法は不明。
岩田さんいわく「ホテルやレストランとして暫定利用したら流行ると思う。」


京阪シティモール
元々百貨店の「松坂屋」が入居する駅ビルだったが2004年より現在のショッピングモール形式に。百貨店特有の広々とした出入口や階段から当時の名残を少しだけ感じることが出来る。


大阪銀行協会本館
現在は解体済み。近鉄不動産が土地を所有しているのでタワーマンションが建つのか、それとも?
岩田さんいわく「窓の形がかっこよくて、照明器具がとても素敵でした。」



インタビュー後はビルトークを少しだけさせていただきました。爆裂に緊張している私の話を聞いてくださる岩田さん、本当にありがとうございました…思い出の1枚…


岩田 雅希(いわた まさき)さん プロフィール
株式会社サカグチワークス 設計担当 / 一級建築士 / BMC(ビルマニアカフェ)主宰
夫婦で営む工務店「サカグチワークス」にて設計を担当。施工は夫が担当する2人体制で、主にリノベーション手掛ける。リノベーションの設計には20年以上の経験を持ち、丁寧な住まいづくりに取り組んでいる。
幼少期を団地で過ごした経験や、建築士を志したドラマとの出会いが、チームで形にしていく仕事の魅力につながっているのかもしれない。
また、1950〜70年代の戦後建築ビルの魅力を伝えるユニット「BMC(ビルマニアカフェ)」を主宰。2008年の『ビルマニアカフェ2008』開催を皮切りに、ビルマニア5人で活動を開始。ミニコミ誌『月刊ビル』を発行し、味園ビルでのイベントなど多彩な企画を通じて、戦後のビルの価値と魅力を建築関係者から若いカルチャーファンまで幅広く発信している。
■書籍『特薦いいビル 千日前味園ビル(別冊月刊ビル)』を出版予定(※2025年10月頃)
2010年から屋上で盆踊りを開催したり、キャバレー・ユニバースで盆踊りを行ったり、味園ビルを身近に楽しめる場をつくってきたBMC(ビルマニアカフェ)が、建築と人を独自の視点でその魅力を余すことなく伝える一冊。詳細はこちら:https://daifukushorin.com/news/1758/
▼株式会社サカグチワークス
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